丙午(ひのえうま)

ひのえうまについて調べてみようと思ったのですが、近くの図書館では関連する情報が掲載された本を見つけることができなかったので、インターネット上での情報をベースにまとめてみたいと思います。

ひのえうまは43番目の干支で、西暦を60で割って46余る年がそれにあたります。ですので次のひのえうまは2026年。再来年ですね。
前回は1966年(昭和41年)でした。

私が生まれたのは1967年ですが、早生まれなので学年としては、やく3/4がひのえうま生まれでした。
田舎の小中学校でしたので、そもそも児童、生徒数は少なかったのですが、その中でさらに少ない人数だったと記憶しています。
とはいえ、(先に確認した人口統計だと前後の年の人口より2割くらい少ないようですが、)そこまで少なかったかどうかは覚えていないです。
ただ、ひのえうまだから子供が少ない、という言葉はよく耳にしました。当時なんの意味もわかっていなかったのですが、聞いたという記憶だけは鮮明に残っています。

ひのえうまが干支であろうがなんであろうが、そもそもなぜ出生数が減るのかというを改めて調べてみたのですが、江戸時代、八百屋お七がひのえうま生まれだから、というところまで遡るんですね。
ひのえうまに生まれた子供は気性が荒い、ということで出産を控える、という話になるみたいです。
なのですが、そもそも「八百屋お七」の存在を示すものは正式な記録はないようです。江戸時代を通して1人だけ、鈴ヶ森で火炙りになった女性がいるのは間違いないようなのですが。
この辺はもう少し調べてみたいと思うのですが、いずれにしても架空(かもしれない)の人物にまつわる話が何百年という時間を経ても日本人の認識に影響を与えていたかと思うと、すごいといかゾッとしました。

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